2011年1月17日月曜日

日本人の精神を、今こそ取り戻すとき。 後編

日本人の精神を、今こそ取り戻すとき。 後編

『ジャパニスト』第6号(2010年7月発行)掲載記事
対談:金 美齢 × 中田 宏



戦後50年のあゆみ

中田 金さんは、どのようなことでも実際に身をもって体験するということが非常に大切だとおっしゃっていますね。
 そうです。現場主義です。
中田 知識をたくわえるだけではなく、どんなことでも実際に動いて経験してみる。この「経験」ということに対しても臆病な人が多いように感じられるのですが、いかがでしょう。
 失敗するのを恐れ過ぎていますね。だから何もできなくなっていく。私はもともと外国人で、当時は今ほど外国人に門戸が開放されていませんでした。しかも私の場合はパスポートも無効になって母国の保護がなくなりましたから、生き延びるにはどうすればいいかという切迫した状況でした。ですから成功するか失敗するかなどといちいち考えていられませんでした。
中田 常にチャレンジし続けるしかなかったわけですね。
 そうです。日本という国は、よく「遅々として進まない」などと言われますが、実は「遅々として進む」社会なんです。少しずつかもしれませんが、よい方向に動いていく。私自身も結果として今日まで何とかなってきたわけですからね。まずは自分が動くということ。挑戦してみなければわからないことだらけなんです。
中田 「遅々として進む」というのはおもしろい表現ですね。しかし、その変化は「先を見越して手を打つ」というものではなくて、「後手にまわっている」と見えてしまい、私はもどかしさも感じています。
 一理ありますね。今の日本人の採点法が減点主義だからということも原因だと思いますよ。世間がそういうものの見方ばかりをしているから、「何もやらなければ減点もされない」という臆病な行動パターンになってしまう。これは平和で豊かで、そして過保護な社会に甘んじて生きている人に特有の傾向だと思います。
中田 それは「日本が島国だからだ」などという意見もありますが。
 島国かどうかは無関係だと思います。むしろ島国であったからこそ、それなりに統一された社会や文化が形成され、侵略することもされることも少なかったという素晴らしい歴史も持ち得たわけです。その土壌に育ったのが「日本精神」なのですから、島国の良さもあったのでしょう。交通も情報もボーダレスになってきている現代では、そんな日本の風土に育ったよいものを評価し、長所を武器にして世界に飛び出してほしいですね。
中田 では国際社会の中で、これから日本はどのような役割を果たせるのでしょう。またそのために日本人はどうあるべきだとお考えですか。
 まず日本人は覚悟を決めるべきです。国際政治の場でリーダーシップをとっていくんだという覚悟です。日本は積極的にリーダーシップをとるべきですよ。
中田 私もそう思いますが、金さんがそう思われる理由をお聞かせください。
 まずはじめに、世界の国々の中で日本ほど高水準の教育を施され、またその機会にも恵まれている国はそうありません。教育水準の高さが一つ。さらに戦後は一貫して戦争をしたことがありません。そして衰えたとはいえまだまだ経済力もあるし、お話ししたとおりの「日本精神」の持ち主である。総合的にみても日本は世界をリードできる国だと思うのです。ですからその自負と、「日本が世界をリードする」という使命感を持つべきでしょう。
中田 国際政治をリードする国というのは、相応の素質を持ち合わせていなければならない。 
 その通りですね。
中田 日本にはそのポテンシャルが十分あるのに気概に欠けている。これは客観的な視点や他との比較という発想に乏しいからなのでしょうか。
 やはり自分たちの未来をポジティブに考えていないからでしょう。自分自身の未来をポジティブに考えていないのに、世界で価値ある役割を果たそうなんて発想は芽生えません。もちろんすべてにおいて世界一位になるなんて不可能だと思いますが、得意な分野くらい、世界で一位を目指していかなければなりません。日本人は可能性をたくさん秘めているのに、大変もったいないと思いますね。日本は光と陰を比べても光の方が多い国なのですから、その自信と誇りを失ってはいけないのです。
中田 自信と誇りを取り戻すこと。そして覚悟ですね。
 リーダーになるというのはとても大変なことなのです。自分が世界を引っ張って行くのだという使命感や責任感がおのずと必要になってきます。そして、これは個人にも言えることですよ。国や社会、地域に対して自分は責任や使命を負っているのだという意気込みです。この「公のために尽くす」という心が、今の日本人には決定的に欠けていると思います。
中田 かつて、そういった心は日本人にもあったと思います。お金を持っている人は自らのお金を使い、町を整備したり橋を架けたり土地を供出するなどしていました。ですから当時の商人や町人の名前がついている町が今でも日本中にたくさん残っています。お金持ちにはお金持ちの責任と振る舞いがあったように思うのですが、最近なくなってしまったと感じます。
 エリートの育成をやめてしまったということもあるでしょうね。本物のエリートはそういった精神も理解して携えていなければなりませんし、これからの日本は教育を根底から見直し、人の上に立つ人間を育てていかなければならないと思います。「日本精神」というのは農耕民族であったからこそ熟成したものだと思いますが、世界の中で活躍し、成果を挙げる人間というのは狩猟民族的なスタンスも持ち合わせていなければならないでしょう。
中田 そういう人間を育てていくことは喫緊の課題です。
 もちろんです。さらに先ほどのお金持ちのお話でいえば、日本が経済大国になれたというのは、実はとても素晴らしいことなのです。この国が「経済力」という強いカードを持てたということの意味は大きい。それによって日本の価値や発言力は大きくなりました。このカードの価値を正確に把握し、使うタイミングを見極めることが必要です。そして、これもまた個人にも当てはまることです。お金があるというのは悪いことではありません。問題はそれをどう使うかなのです。そもそも今の政治には「お金持ち」を罪悪とする概念があると思います。
中田 お金持ちというだけで敵視しています。
 それでは、だれも努力をしなくなります。私は「お金の使い方」に個人の品格が表れると思っています。お金持ちにどうやって上手にお金を使ってもらうかを考えるのも、政治家の大切な役割だと思います。お金持ちを敵視することは、日本人の器をどんどん小さくすることにつながってしまうと思います。

「決断」と「自立」

中田 金さんは昨年、日本に帰化されました。生まれたときは日本人、その後台湾人になり、さらに無国籍となった。そして自らの意思で日本人となられたわけですが、帰化された理由は何ですか。
 「なぜいま日本国籍をとったのか」という問いに対しては、「なぜ今までとらなかったのか」というところをお話するべきでしょう。私はずっと、台湾は独立すべきだという主張をしてきました。そう言っている自分が日本国籍を取得して日本人になってしまったら、もはや説得力がないでしょう。この一点に尽きます。私自身はずっと日本に住んでいるわけですし、日本人になることに何ら抵抗はありません。しかし、それをしてしまったら私の主張との整合性がとれなくなってしまう。
中田 外国人が他国の独立に口を挟むのはおかしなことですよね。
 おかしなことでしょう。どう考えても説得力に欠けます。まして私は普段日本で生活しているわけですから、その上「日本人」であっては余計に説得力が下がります。だから日本国籍はとらなかった。しかし二〇〇八年の総統選挙で民進党が大敗し、台湾独立の気運は萎えてしまいました。この台湾での変化をうけ、私は台湾と日本のどちらに対しても異邦人であるという立場を改めようと決意したのです。日本人として私の考えを主張したい。そして日本が世界をリードできれば、台湾も必ずよい方向に進むことができると思いました。日本人になることを決めたのはこういった理由です。
中田 日本と台湾の関係というのは東アジアにとって極めて重要なものだと思います。台湾にとって日本は重要だと思いますが、台湾が台湾としてあるということは日本にとっても大変価値のあることでしょう。金さんの日本への帰化というのは、苦肉の決断ではあるにせよ、両国の利益につながるとの思いからなのですね。
 私はふたつの祖国を持っています。そして幸いなことに、この二国は国益が矛盾しないのです。日本にとっての益は台湾にとっての益ですし、逆もしかりです。東アジアにおいてこの両国は最上のパートナーたり得ると思いますよ。
中田 私もそう考えています。日本と台湾の利害がバラバラになるとは考えにくいですね。
 そうです。しかも台湾の場合は過去の五十年の歴史をプラスに評価していて、多くの台湾人は日本が大好きです。
中田 それに比べて、日本人が台湾の歴史や内情、文化に疎いという現実もあります。これは日本が解決していくべき課題でもありますね。
 それも埋めていきたいギャップですよね。私の仕事の一つだと思っています。ここ数年台湾へのツアーを企画しているのですが、そこでも「歴史」と「美食」という二つの切り口を設定しています。「歴史」という堅いテーマだけでは疲れてしまいますから(笑)。入口はいっぱいあっていいと思うのです。入った先でいろいろな台湾を知ってもらえればそれでいい。
中田 われわれ日本人は、金さんが日本人になったような「決断」や「覚悟」を迫られるということがほとんどありません。ですから、日本人は今の社会を当然だと思い、依存心が高まってしまう。そして政治もその心理を煽るようなことばかりを繰り返し、社会への依存心はさらに強まっていると思います。
 少なくとも、私は福祉を支える側でありたい、と思っています。今は親も学校も、社会も国も個人を甘やかしてしまっています。だから「してくれる」ことを期待してしまう。人間が自立できないというのは正常な社会ではありません。そうではなく、私たちは「自立をするんだ」という決意をする。そして、「与えてくれるのを待つ」という状態から、「私が福祉を支える」という心に転換するべきだと思います。
中田 基本的にはみんな「自立」することを目指す。しかし、ハンディを抱えた人にはそれを支える仕組みをしっかりと構築する。そして、それぞれが持っている能力と日本人の長所を最大限発揮して、社会や世界に貢献していくという姿が目指すべき世の中でしょう。
 そうやって生きている個人というのは、その存在自体がすでに最高の教育にもなりますよ。
中田 これからの金さんの使命とは何でしょうか。
 私は早稲田で学び、その後二十年間、非常勤講師として早稲田へのお礼奉公をしてきました。これからの私の使命は、日本へのお礼奉公ですね。日本人として、自信を持って発言していきたい。それから私は今、七十六ですが、これからも上手に齢を重ねて「中高年のアイドル」を目指したいですね(笑)。
中田 まさに「美齢」というお名前のとおりですね(笑)。それはすでに叶っているように思います。では最後に、日本をどういう国にしたいですか。
 日本は、ただでさえ素敵な、よい国です。せっかくよいものをいっぱい持っているのですから、それを認識し、先人たちの誇り高い精神を取り戻して、世界のお手本となる国を目指したいですね。

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