http://usuki.blogspot.jp/2012/10/blog-post_8135.html
市職員の「ボランティア」に関してコメントいただきました。
市職員の「ボランティア」に関してコメントいただきました。
(以下引用)
それって、結局、議員の臼杵を盛り上げようという気持ちが希薄なのではないですか?
仕事で参加する人がいようがいまいが、臼杵を盛り上げようと無償で竹宵に参加している人はたくさんいます。
そんな中でも、議員は仕事で対応する人がいるから竹宵に参加しないというのでしょうか。
臼杵の活性化を訴えるならば、仕事で参加する人がいるから参加しないというけちな了見を公言するのではなく議員が率先して心意気を見せてください!
批判めいたコメントになってしまい、申し訳ないですが時々、ブログを拝見し、議員の臼杵を良くしようという思いに共感する部分も多かったのですが、今回の投稿を見て、結局、この程度の思いだったのかと非常に残念な気持ちになりました。
-------引用ここまで
無償で竹宵の準備や設営、運営に参加している人を心から尊敬します。そういう人を増やしていくために、無償ボランティアとそうでない人を区別すべきではないかと思うところです。
県に勤務していたとき「道路愛護デー」だったと思いますが、道路の一斉清掃をしていたときのこと。「ボランティア、大変ですね」と声をかけてくださるご婦人がいて「県の職員。仕事です。」と応えたときの「あっ、そう」という声と表情の変化を今も忘れられません。
また「交通安全啓発活動」として朝8時から8時半まで街頭に旗を持って立つことがありました。その際には県から残業手当が支給されていました。無償ボランティアで立っている人のことを考えるとそういう仕組みはおかしいと人事部局にメールしたことがあります。その後も手当が支給されていました。今はどうなっているか知りませんが。
5,6年前になるでしょうか、竹宵のシャトルバスの案内係りに座ったときのこと。ペアになった方が市職員でしたので「仕事ですか?」と問うたところ「ボランティアです。」と胸を張って答えられた姿も忘れられません。
同じ活動をしている人同士、同じ境遇である或いは同じ条件であると思えば連帯感が生まれますが、隣の人が「仕事」であることがわかってしまえば意欲は減退します。「竹宵」という御輿を下支えする人たち同士が「お互いボランティア、大変ですね。」と感じあえるようになって欲しい、それが竹宵を盛り上げるために不可欠と思うのです。
竹宵に関して
返信削除仕事だ、ボランティア云々よりもきになる点として-
1.「竹宵に対する市の職員の拒否反応が尋常なレベルではない」という話を聞いたことがあります。なんでも、担当課は、「異動したくない課のナンバー1」で、担当課から異動になった職員は「竹は二度と見たくない」と言っているとかいないとか…。
2.ここ数年は、民間側の役員のなり手がいなくて、人捜しに苦労しているということも耳にしますがどうなんでしょうか?特に、40歳前後の人が敬遠しているようですが?
この2点がそれなりに事実なら、これはかなり大変な事態が起きているのではないでしょうか?
本当なら、なぜここまで市(職員)、民間側にも拒否反応が広がっているのでしょうか?
たしかに、体力的にきついというのもあると思います。しかし、きつい部署、仕事は他にもあって、担当課や竹宵だけが(事実なら)これほどまでにとは到底思えません。何かしらの、他の大きな原因があるとしか考えられません。その原因を改善しない限り、竹宵の灯火は消えてしまいかねないのではと思います。
3.さらに、こういった状況を市長はほとんど知らないばかりか、そもそも竹宵にあまり興味がない、という話も?
こちらも本当なら、大変由々しき問題ではないでしょうか?
竹宵はもはや全国的にも有名な行事なようですし、単なる一イベントにとどまっているようには思えません。それこそ「観光」に力を入れるなら、仮に当日来ていただかなくても、竹宵の発進力はすさまじいものがあると思います。
かくゆう私も、これだけの指摘をしておきながら、言うだけの状態…。
機会があればいろいろ参加してみたいと思います。
長文失礼しました。
竹宵の発展を願ってやみません。
私は内情について詳しくありませんが、問題が生じているような話を聞いたことがあります。
削除ご指摘のとおり「竹宵」は臼杵にとって無くてはならないイベント。続けなければなりません。
しかし、実情は民間のマンパワーが徐々に不足し、その分市役所のマンパワーが求められる、そういう状況に陥っているのではないかと危惧しています。
その原因は「竹宵」を実施する資金やマンパワーの仕組みがいまひとつ透明感に欠ける点にあると見ています。そのひとつが「仕事」と「ボランティア」のことです。
「竹宵」を続けるためには「とにかく参加する(させる)」か「参加したくなるようにする」その両面の取り組みが重要と思います。