コロナ5類「マスク要否」論争で知っておきたい事
5月8日、コロナの感染症法上の位置付けが現在の「2類相当」から「5類」に変更される。入院などを強制できる危険性の高い感染症に当てはまらなくなることに伴い、政府は室内でのマスクの着用の推奨を取りやめる。これまでマスク着用をめぐっては各方面でさまざまな騒動があったが、今回の政府方針変更についても議論が巻き起こっている。 【漫画】家族全員「コロナに感染」自宅療養2週間のリアル ■専門家は慎重 マスク着用について、専門家は慎重だ。1月24日に、厚生労働省の感染症部会の議論を紹介した朝日新聞の記事は、以下のように記している。
<マスク着用の緩和については8人が言及し、慎重な意見が目立った。政府は屋内でも原則着用を求めない方向で検討中だが、「着用にはエビデンス(科学的根拠)があるが、外すことに関する情報は乏しい。着けたい人への配慮も必要」「感染対策として必要で、類型移行とは別に検討すべきだ」「緩和は時期尚早」などの声があった。> 朝日新聞は2月12日の社説で「マスク見直し 拙速な転換は混乱招く」と論じており、早期の規制緩和に反対している。朝日新聞ほどでないにせよ、マスク外しには慎重に対処すべきだというのは、マスコミのコンセンサスのように見える。彼らが、このように主張する背景にあるのは、前述したように、専門家の「着用にはエビデンス(科学的根拠)がある」という話からだ。
では、そのエビデンスとはなんだろう。2月8日、西浦博・京都大学教授や尾身茂・コロナ対策分科会会長ら25人の専門家が「マスク着用の有効性に関する科学的知見」という文章を発表した。 この内容には疑問がある。それは、「マスクをつけるべきだ」という自らの主張に適合する研究を取り上げていても、この議論で外すことのできない重要な研究が引用されていないからだ。 このレポートで、専門家たちは2つのメタ解析の結果を紹介している。メタ解析とは、それまでに発表されている医学論文をまとめて分析したもので、医学的エビデンスレベルが最も高いとされている。
1つ目は、今年2月に北京大学の研究者たちが『トランスレーショナル精神医学誌』に発表したものだ。この研究では、マスク着用により、感染リスクは16%低下し、その差は統計的に有意だった。臨床医学では、統計的に有意であることは、有効性が証明されたと同義である。 もう1つは、昨年8月に世界保健機関(WHO)などの研究者が『E臨床医学誌』で発表したものだ。「すべての研究で、マスク着用政策に関連した発生率の急速かつ大幅な減少が報告されている」と記している。
■マスクの効用に否定的な研究も複数存在 このような研究結果を知ると、マスクの有効性は明らかで、医学的に公知であると考える読者が多いだろうが、必ずしもそうとは言い切れない。マスクの効用について、否定的な研究も存在するからだ。 昨年2月、韓国のサムスンメディカルセンターの医師たちが、マスクの効果を検証したメタ解析を『医療ウイルス学』誌に発表したが、この研究では、一般人がマスクを着用した場合、予防効果は約20%で、その差は統計的に有意ではなかった。つまり、効果は証明されていないことになる。
さらに、今年1月30日に公開されたマスクに関するコクランレビューの結果は、もっと否定的だった。マスクの感染予防効果はまったくなかった。11の大規模臨床試験をまとめたメタ解析では、マスク着用群で感染が5%減っていたが、これは統計的に有意ではなかった。 コクランレビューは、国際団体コクランが作成する医学論文の総括で、信頼度は極めて高い。 では、どうして「マスク着用の有効性に関する科学的知見」で引用されている研究と、コクランレビューの分析結果が、こんなに違うのだろうか。それは選択する論文の基準が違うからだ。「マスク着用の有効性に関する科学的知見」に引用された北京大学の研究は76の論文、WHOの研究は21の論文を分析している。前者はコロナ以外の呼吸器感染、後者はコロナ感染に限定している。
一方、コクラン研究は、コロナ以外の呼吸器ウイルスも含め、11の臨床研究を解析している。すべて、ランダム化比較試験だ。ランダム化比較試験では、臨床試験参加者のマスクの装着を、個人ごとや地域ごとにくじ引きで決めるため、バイアスが関与する可能性は低い。 一方、北京大学やWHOの研究には、多くの観察研究が含まれている。コロナ感染の減少が、マスクの効果なのか、あるいはワクチン接種や換気対策、さらに季節性要因などの他の要因によるものか区別できない。
メタ解析では、分析の対象とする研究の数を増やすことが、必ずしも研究の質を上げることにならない。 ■どこまでマスクの効用に期待するかは個人次第 なぜ、専門家25人は、「マスク着用の有効性に関する科学的知見」に、最も権威があるコクランレビューを引用しなかったのだろうか。もし、コクランレビューをフォローしていなければ、研究者としての情報収集能力に問題があるし、知っていて引用していないならば不思議な話だ。
コロナが流行する以前の2010年にフランス、2011年にタイの研究者が、それぞれ家庭内でのインフルエンザの感染を減らすため、マスク着用を推奨したが、効果はなかったと報告している。 だからこそ、海外では流行期の公共施設などを除き、マスクの装着を個人の判断に任せている。どこまで感染リスクを負い、どこまでマスクの効用に期待するかは個人次第だ。マスクの装着は、個人の価値観に基づくものであり、中央政府が一律に決定できるものではない。厚労省や専門家は、自らの価値観を国民に無理強いするのではなく、国民が自ら判断できるように、正確な情報を伝えねばならない。
上 昌広 :医療ガバナンス研究所理事長
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