(以下引用)
編集委員・安本寿久 国民医療費から考える尊厳死
2012.5.20 03:10 [土・日曜日に書く]
健保組合理事長の悩み
〈入会日2006年5月1日 会員番号3818-○○○○〉
その会員証を初めて見たとき、臓器移植に同意するドナーカードかと思った。運転免許証カバーにちょうど入る大きさで、自筆サインを書き込む箇所があることなど、似たところが多いのだ。
正体は日本尊厳死協会の会員証である。医師が不治で死期が近いと判断すれば、その後の医療は不要と、患者自らの意思を表示するために持つもので、見せてくれたのは倉敷紡績の元社長・会長、真銅(しんどう)孝三さん(81)だ。
今思えば、入会のきっかけは20年以上前の経験だと真銅さんは言う。当時、同社の専務取締役として健康保険組合の理事長を務めていた。腐心したのは医療費をいかに抑えて組合財政を安定させるか。そのために定期健康診断の受診を奨励し、早期治療を促し、健康増進のイベントにも知恵を絞った。
これだけ苦労して黒字を維持しても時折、それを一気に吹き飛ばすレセプト(診療報酬明細書)が舞い込む。毎月100万円単位での請求額。社員の家族が終末医療に入ったことを示すものだ。「早い方で半年で亡くなり、請求が来なくなるが、終末医療とは金がかかるものだと実感したね」
やがて、その実態にも理解を深めた。この段階ではほぼすべての患者が意思表示できない。痛いのか、苦しいのか、治療をどこまで続けてほしいのかなどは家族にもわからない。回復が望めないとわかっても、医師が治療を打ち切る話をすることは、まずない。たとえそれを言う医師がいても、家族が同意することは難しい。本人に代わって死期を早める決断をできる家族などめったにいない。
「この構図の中で不毛とも思える治療が続く。その時が来るかもしれないと考えて、意思をきちんと示しておくことが、子供たちのためだと思ったね」。真銅さんは新聞で知った同協会に連絡し、夫婦そろって入会した。
保険料アップの重圧
この4月から健康保険料が上がっているサラリーマンが多い。全国に1435ある健康保険組合の4割以上が保険料率の引き上げに踏み切ったからだ。平均保険料率は0・371ポイント上がって8・31%になった。保険料率アップの影響がより深刻なのは中小企業で構成する協会けんぽ。前年度比で0・5ポイント上がり、平均所得(年収392万円)の被保険者で本人負担は年1万円増加した。
健保財政を圧迫しているのは、65歳以上の高齢者医療を支えるために負担する納付金・支援金である。健康保険組合連合会の収支見通しでは今年度、その額は3兆1355億円に上る。前年度より2566億円増え、保険料収入に占める割合は過去最高の46%に達する。現役世代が収める保険料の半分近くは、高齢者のために使われているのである。
日本の国民医療費は平成21年度で36兆円を超す。そのうちの32・6%、11兆7335億円は75歳以上の後期高齢者にかかっている。この数字を押し上げる大きな要因が終末医療費でもある。
老齢になれば病気がちになり、医療を必要とするのは自然なことである。そのための負担を現役世代が担うのは、社会を支えてくれた先達への礼の意味でも当然のことである。が、一方で、その額を抑える努力をしなければ、国民皆保険制度が危ういことも現実だ。
誰も言えない主張
尊厳死をめぐっては今年3月、超党派の国会議員でつくる「尊厳死法制化を考える議員連盟」が、終末期の患者が延命を望まない場合、措置を始めなくても医師の責任を問わないとする法案を初公開した。「延命措置を始めない」と限定したのは、医療現場から「責任を追及される可能性があるので、一度延命措置を始めれば、続けるしかない」という指摘が出たためだ。人工呼吸器の装着や人工栄養の補給を始めると、だれの意思でも止められない終末医療の実態を示した指摘でもある。
尊厳死は本来、人間らしい安らかな死を遂げるために、患者本人のための権利として提唱されたものだ。日本で同協会ができたのは昭和51年で、その主張には36年の歴史がある。本来の意味合いに、若い者に必要以上に面倒をかけたくないという気持ちを加えたのが真銅さんの選択である。
「終末医療をほどほどに、なんて誰も言えない。マスコミでも書けんやろ。でも、どこかで区切りをつけないと団塊世代が高齢になるほど、国民医療費は際限なく増える。だから、高齢者自身であるわしが言うとくんや」
非常に真摯(しんし)で、かつ重く、ありがたい老人からの一石である。波紋が広がるように努めたい。(やすもと としひさ)
-------引用ここまで
波紋が広がるように努めたい。
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